いつか誰かの《種》になる

こんばんは宮本一二三です。
以前描いていたモノの下絵の修正をしていたのですが、ちょっと心を入れ替えて真面目にやったろーか! と考えだしそして実行してしまい、まるでカタツムリの歩みです。

ナニカを題材に描く時には、対象物をヘビーローテーションして中毒みたいに摂取して、足元から頭の半分まで対象物に満たされたところで、一回供給をぶっつり断つ、そういう期間を一回設けたりします。大事なものほどそんな感じです。
フツーに描く時は外部接触からかるく距離をとるていどですが。一月にちょっと連作でやっていたものは、そんな感じで迷いがでたため冷却期間を長らくおいていました。
悩むと一切画材を触りません私。我武者羅にやるとロクなことにならないのは過去に経験ずみです。
イメージを脳内に描く調子が戻ってきたため、もうちょっとしたらだしますー。



◇ 人間どこで影響を受けるかわからない ◇ 
 2020-04-24 rakugaki

最近考えていることは、たぶんなんですが、「まったく私に影響を与えようとは思っていない人からの影響が、私の中では強いのではないかな?」ということです。

以前語ったかもですが、高校時代の美術部(半分漫画部だった)の先輩が、キャラクターデザインするとき、下着からデザインを描いてらっしゃったこととか、某ゲームの設定本で、キャラクターの髪質や肌質なんかを設定してあったところとか、あと創作キャラの元になった各種中の人とか。
相手からすると私は知らん人か忘れた人、そういうかたがたから強く影響を受けている。自分の中になにか大事な《種》をいただいた感覚があります。
私はひねくれ者なので、「君はこっちへ行くべき!」みたいな大きなお世話もとい、助言めいた恣意的な言葉はほぼ無視してました。悪意が見え隠れしているモノは特に。あ、こりゃ《毒》だわ、と。
無意識に《種》と《毒》を明確にわけてたような気がするなー。

最近はだいぶそういう毒を放つ人にも寛容になってきた気がしますが、誰かに影響を与えて自分の好みに変えてやろー! なんてのはおこがましい考えなんですよ。そういう押しつけの考えや言葉はどんどんと猛毒になります。相手にも発した自分にも。
あともー土壌じたいが腐っていたら、外部がどーしよーとホントどうしよーもないんですよ。ほっといたほうがいい。
(ちょっと自戒も含んでます、このへん)

本人にしか本人の意識や考えは変えられないし、どうせなら毒にも薬にもならないような無味無臭な水みたいな存在になりたいです。




◇ 4月24日のミヤモト ◇ なんでもだけど気楽にするのが減量のコツだと思う。
ちょっと酒を控えて食事の内容を変えたら2日で痩せてきた。
この調子で人の少ない時間に散歩して体のラインを絞るぞー。
明日の早起きにそなえて寝ます。おやすみなさい。

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