心に一本の芯を持て(鉛筆?)。

こんばんは。なんだか最近ほぼ毎日オカキを食べている宮本一二三です。
お米ダイスキー!(鳴声)


さて、いろいろ映像作品を見ていて「ああ、こりゃ作品として失敗するな……」というもののパターンがつかめてきたのでなんとなく語りをたれ流します。そういうのがお好きな方はよろしくおつきあいください。


↓ 長いので収納しました。 ↓


まずいえることは、失敗しそうな作品って初見で「古くてダサくてセンスのない」臭いが漂ってきます。あえて古っぽく計算しているのは、かえって新鮮に感じるものですが、そういうのではなく、「ただ既成の概念をまんまだしただけ」「過去作のつぎはぎぽい」「ひねりがない」、そういう感がすごい。

――で、そういう作品って、作品コンセプトを考えねばならないトップの人が作品についてあんまりというか下手すりゃぜんぜん考えてないことが多いです。「私はこれを作りたいんだアアア!!」という根本がない熱がない情もない。
下に注文をだすととしても「過去にあった人気作品のこういう感じでお願い」みたいな、お前自身の中からはなんの方向性もでてこんのか? ってトップだったら下は動けませんよ(過去を思いだして遠い目になる)。

他人の真似もテクニックというか、「ネタを的確に使うための思考法」というものがある。ただ上っ面で真似るとつぎはぎした部分の糸が見えたり、シーンがぶつ切りでなにやっているかわかんなくなったりする。
そういうのはダメダメです。ぜんぜん仕事をしていないのと一緒です。まず、なにを作りたいのかはっきりさせてないのがダメだし、作りたいものにたいして思考が足りていないのがダメです。しかもそういう人に限って受け手のことまったく考えてません。受け手は何がすきそうだとか、受け手の年代では何が流行っているのか、そういうことをまっっっっっったくリサーチしていない。そんな受け手にたいする愛がないもの、売れるわけも受けるわけもない。


そういう部分が統合されて、カビ生えまくったような古ーーくてダサーーくて救いようのないセンスのなさとして匂いたってくるんだと考えます。

トップの人、というかコンセプトを立てなきゃいけない人はちゃんと自分が関わる作品に対して真摯に考えましょう。
私も考えまくる。思考はうらぎらないから。



↑ ほとんど自戒のために書いておりますので、お心当たりのある人はともに頑張りましょう。

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