いま、動く。

最近、オンリーワンな画風でとてつもなく絵が巧いプロの人なのに「生まれつきのスペックや環境に恵まれていたら」と言っていたり、若くて伸びしろありそうなのに絵を止めちゃったりしている人を見るにつけ、「えー?」と思ってしまう宮本一二三です。
あなたたちまだ恵まれているじゃないという理不尽さを否応もなく感じてしまう。
ぎゃくに恵まれない環境でも絵を止めないミヤモトは恐ろしく精神が強靭なのかもしれないけど。
シミュレートして「環境や親の理解に恵まれてスクスク能力を伸ばして健全に育ったミヤモト」を想像してみたけど別人すぎて気持ち悪くなったし順調に育ちすぎると明らかに面白みのない人間になりそうなので、今のままでいい。


2019-03-27 nekonekoneko
最近のひらきなおり。
最近、アーティスト系の人のインタビュー記事を集めた本を見まして、絵を描くことに対するあまりの本気さぐあいに「コレに対抗するのは、私にはムリ!」(相手は絵の大御所ばかりなのでしっかりした意見を持っているのは当然というか必然なんですが)ってなっていましたが、自分がやっていることは総合的なことなので、意味やキャラクター性の伝わることを最重要視してあまり絵の技巧のみを重視しなくっていいかなーなんて考えてます。
絵は素材の一部なので、あまり毎日は描いていません。イラスト専業だったら危機感を抱かないとマズイのですが。

絵や文や世界観構築という部品は自分より達者にこなせる人は大勢いらっしゃるにちがいないんですけど、この世界観を統一するのは自分以外ムリなんで、だから、やる。

なんだか文書にしてしまうとかっこよすぎて照れますな。
(*ノ∪`*)


脳内の種族設定が8割がた固まったので、二次元にまとめます。
一回別件で作っていた単語を「これは要らん」と捨て設定にしていたんですが(リアル友人の反応もイマイチでしたので忘れさっていた)、センニン関連に使えてビックリです。
こういうことよくあるのでうかつになんでも捨てちゃいけない。



◇ 3月28日のミヤモト ◇ 
昔々にツライことがあってものちのち考えるとそのツライ時期のことが今に生きていたりするので、心が折れたり挫折したりしても懲りもせず何度も何度も立ち上がったりしています。
厭なことから逃げるのや避けるのもある意味戦略なので、遠まわりしても結果的にまた本来の位置に戻れればいいみたいな考えかた。


2019-03-28 hana1
2019-03-28 hana2
上や前を向いて歩くことを世の中では推奨されているけど、下を見たら綺麗な花が咲いていたりするのでいいじゃないの、と思う今日このごろです。
脇道やうしろを見て視点を変えるのにも意味があるかもしれないし。

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