数寄好き・万華鏡

おはようございます、宮本一二三です。
本日2月6日は2(ふ)6(ろ)で風炉の日、だそうです。風炉というのは茶道で使われるお湯を沸かす釜の名称です。
茶道をやったことないけど、道具やしつらえのムダをそぎ落とした季節感のある美意識には惹かれます。
今回は連想ゲーム的に千利休が脳裏によぎりまして、数寄っぽい画像の万華鏡なのです。
ぽい、だけで数寄の雰囲気を踏襲できた自信はないので、書籍等で知った利休トリビアを画像のあとに追記しておきますね。

190203_092934_ed.jpg
190205_092218_ed.jpg
190205_093219_ed.jpg

千利休のエピソードといえば、「茶室に朝顔で季節感をだすため、満開で咲いている朝顔たちをぜんぶ無きものにして、茶室に一輪の花だけを飾った」というものを思いだします。
このエピソードを知ったときには「利休やりすぎ!」と思いましたが、写真や万華鏡の画像を整頓している時の自分も雰囲気の統一のために画像を大量にパソコンのごみ箱にいれたりする(少なくとも撮った分量の2~3倍、多いときは8倍くらい?)ので、今は利休の考えかたがよくわかります。
類似したものをならべると目立たせたい一枚が埋没してしまうので切り捨てる。
絵や文などほかの表現方法にも通じることなのかもしれません。

千利休は「暗闇では暖色系の赤は沈みこみ、ぎゃくに青が目立つ」のを利用して薄暗い茶室内では薄い藍染の足袋を履いていた凄い人ですよね。西洋の画壇が先に発見した概念を経験則で知っていた。
数寄というのは物を透徹した目で見る美意識なのだろうかな、と思います。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント