絶望には億里遠く。

おはようございます宮本一二三です。
いろんな物を見たり読んだり、ゲームをプレイした感想なんかがたまっておりますが、個人的な冷静なツッコミと暑苦しい主張を長文で垂れ流します。

まずは、お詫びを。
私の勘違いならいいんですが(というか勘違いだったらどれほど気がラクか!)、ちょっと厄介な相手に参考元というか萌えの供給源とみなされてまして、相手がすごく厄介なタイプだったので「こんな厭な人間の燃料あつかいなんて心底ゴメンだ!」とばかりに思いこんでヨタ話制作の手が止まっている時期が半年ほどありました。
今ぶっちゃけますと「あははは平気平気ー」みたいにふるまっていた時期が一番キツカッタです。
すみませんでした。

きっかけは一枚の絵の類似性(この髪の柔らかいライン相手は使えなかったはず。あとパーツバランス形状こそ変えているけど物体の比率おなじ! え?)から気づいて、これに萌えて描いたんだろうなー身分ある男女だからいいネタなのに、とか、原作では使われていない単語かぶり(相手の凡ミスかも知れんが)とか、この髪や眼や肌の塗り方いままでしてなかったよね?(ミヤモトは透明水彩で色のかさねで複雑に塗っているけど相手はアクリル系厚塗りかマーカーでのっぺりクッキリした単色塗りなのを変えてきてた!)とか、細かいところをビミョーに寄せてきて妙に不気味でした。とりあえず相手はうちのキャラだと文誠好きだね。カラーイラストで髪や肌の塗り方もだけど表情をソックリに描こうとしていたもんね。キャラに魂入ってなくてまったく寄せられてなかったけど。
以前ブログでツッコんでいたところを微修正してきているので、「私のツッコミで相手がよくなるのなら、むしろ世間的には平和で良いことなのでは?」とお人好しにも考えたりもしてきましたが、それはちがうだろと恐怖心を克服して奮起中です。
労力勿体ないのでツッコミなぞ与えずノーヒントで黙っておくことにします。
ブログ裏ではちゃんと制作を進めておりますので、自分も完成作業にワクワクです。

だいたいだいぶ目下の人間のツッコミに頼る精神性がダメです。印度マンみたいに知人ですらないのに。
相手はこういう目下のツッコミキャラすごく好きそうなんですけど、私は自分に厭なことをしてくる人間が大嫌いです。軽蔑もします。
(本当はもっとボロクソに言葉で殺すレベルで書けますけど、相手に合わせて品性なくなるのはイヤなのでやらない)
この手のパクラーのなにが厭かって、元ネタのフンドシを借りて汚しておきながらそれでウケたら自分のチカラとドヤり、ウケなかったらこれ自分が考えたんじゃないもん! みたいないい大人なのに小児めいた責任転嫁をするところです。あげんおどもんなおやいっちょんすかん(唐突な薩摩弁)。

内面に燃える物があって一から作る人だったら自分の考えたもので大丈夫なのか? 世間では受けいれられるのか? と不安になったり自分の考えかたや趣味嗜好をさらすのに羞恥を抱くんですけど、ネタや発想やキャラ造形が借り物では初手から土俵にすら上がっていないんです。
平たくいうと自分自身との闘いから逃げてる。 (「・ω・)「ガオー
キチンと自分でキャラクター造形や物語を作る人がダメージをしっかり受け成長する部分を得られずまったくのノーダメージなんです。そりゃあ人間的にも技量的にも成長はしませんよね。

過去何人か見てきたけど芸風パクリは下品になるよ、おもにキャラクターの表情にでる。
あと他人様にネタを頼っていると自分の中からネタがでてこなくて感性は枯渇し発想が打ち止めになる。
逃げちゃいけないところで逃げたりもするよね。じっさい、疑惑の相手も逃亡中です。
私の知ったこっちゃないけど。

上記のパクラレ疑惑が本当に自分の妄想ならだいぶラクなんで、否定する要素とか、似てない部分や真似られてない部分なんかを積み立てて、利き手使えない状態も含めて精神的に大丈夫になったのが極最近でした。最近は気のせいか顔のパーツ配置まで寄せてきている気もしますが(本当にホントーに気のせいだと思いたい!)、ミヤモトが数十年おのれの美意識を通して叩きこんできて選択したラインや比率をうわべしか見られない人間には本質的には盗めないと気づきました。無理をゴリ押ししていきなり画風が激変したらさすがに変と思われるでしょうよ。諦めて?

休止していてよかった点のひとつとしては、某RPG最新作に単語的やネタ的にかぶっていたことを発売当時~プレイ全盛期ではなくて、最近知れたことです。去年ブログのアクセス不自然に集中していたのそれかーと得心しました。
物語を作るときに外枠の構造から作るので、あ、おんなじ条件でもそうなった理由がちがうので一見ここかぶっていてもぜんぜんちがうので平気だな、と今の精神状態だったら冷静に受けとることすら、上記のことで懊悩していた時期にはできなかったでしょう。
あまつさえドラクエ最新作情報とゲームに触れていたら死んだ魚のような目でプレイすることになっていたやも知れません。
暗黒の塊みたいな時期を考えたら、今心から楽しんでゲームしたり漫画読んだり溜まっていた録画を見る余裕が出来たのは本当に有り難いです。生きてて良かった。
サイテーに荒んでいた時期には家人や友人や知人に当たりが強かった記憶がありますので、それを取りもどすべく親切にせねばと強く思います。
「物事を受け取るには適切なタイミングがあるなー、見えない物に守られているなー」と強く感じます。


◇ 私は創りたいのは「私の」作品だ ◇ 名作は名作で「枠」に縛られている部分がある。新作は「枠」から創れる。
2018-12-06 daisoreta-nanika
他人からかぶっている、とか揶揄されても、物語や世界観を構造から考えていれば揺らぐことはないのです。
自分で考えて創られた因果は、始まり方と終わり方を意識的か無意識かにでも創作神から手渡されているので、そうじゃない人とはちがって始まり方も終わり方も知っているから。なので、私は大丈夫だ。
人から構造を借りると「ここの時系列変えちゃダメだ!」とか、「ここでスッパリ終わらせるべき!」とか、「このキャラ惜しいけどここで退場!」とかの目測をまちがえちゃってグダったりしちゃうのでだいたい駄目になっちゃう。

素敵な作品だなーいい作品だなーという作品は世間には山ほどあって、受け手として感動はするけど、描きたいのは自分の中に確固としてあるので、そちらを大事にしたいな。ちゃんと自分の創るものを大事にしてあげたい。


押入れに放置して長い期間過去の積立てを見てやれなかったことを心底反省しました。
慙愧に堪えないです。
 

言葉で殺す、レベルの口撃を受けたのは過去に印度マンあたりがいるんですけど、ホントに私は本気をだした絶対零度の塩対応とただの人見知りと親切でツッコミをいれている文と熱烈に怒り狂った文で文体に差があるみたいなのです。
……砂漠か? (°_°)

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