見えない部分に意味がある?

こんばんは、宮本一二三です。

最近、リアル友人にメールで「天星神話」の中にでてくる九似という動物種族のキャラクターの小話を数名分お送りしました。
こういうコネタ的な話は私いくらでも作れるんですよね。
というかキャラクターのイメージを固定するぞ、とばかりに絵で具体的なかたちをとって描いていくと、イキナリそのキャラの境遇やらなにやらがヴァアアアアーとばかりに脳内に走馬灯のように浮かんだりします。大量のエネルギーを脳で消費するのかものすごく疲れます。
あまりサブキャラの生き様にばかり関わっていると本筋がおろそかになるので、知っていても切り捨てる部分なのですが。
なんだか何度も書いているんですけど、話に生かせないキャラクターの設定はいくら本人が面白いと思っていても必要じゃなかったら要らない部分なので、キャラクターの内面や行動理念を理解したら己の中にしまいこみます。
せいぜいこういうヨタ話に付き合ってくださる仲間内で相手が興味がわきそうな部分だけを抽出し、顔色を見ながら(重要)投下するだけです。

仕事中に作業をしながらこういう「キャラクターの話を集めるテキストゲーム」みたいなのがあっても面白いのでは? などと妄想をしてしまいました。
おそらく作業量とツジツマあわせにテキスト担当者(私)の作業量が煩瑣すぎて大変な目に遭うな。キャラクターによってはクリア後の二周目でテキストが変わったりするのも面白いのかもとか考えてしまったよ。
そもそも、ヨタ話の「龍天界起」も「天星神話」も主人公のやっていることが目的はちがえど「物語の収集」なんですよね。
「龍龍」は病弱な妹の無聊をなぐさめるため、「天星神話」は自分が何者かを知るため、なのを巧く使えば世界観を何倍にも広げる装置に出来ないか? などと妄想を深めてしまいました。

最近の人は物語を読まない(読みとれない?)、という話をきくんですけど、短いテキストの積み立てで面白く見せる方法もあると思うんですよね。もうソーシャル的なゲームはそっち方面なのかもしれませんが。あいにくスマホ族じゃないので知識がからっきしなんです。

――で、ここからが本題なんですが。
いろいろ調べたり自分でもやってみて理解しましたが、テキスト部分ってそういう他人の特性や個性や修練の積み立てを甘く見ている人が思っている以上に書いている人の色(センスや個性、考えの浅さ深さ)がでるんです。
絵でいうと構図や線の使いかたにも通じる物があります。簡単に人の創作物をパクる人が思っている以上に作風って物をよく見る人は情報を解析して読みとっています、というか本人の思考からでていない物はものすごく浮いて見えるんです。
これ、悲しいことに好きな作品を見ていて激しく認識した部分で、かの作の不合理部分を客観視してようやく「物事には真似したくても真似できない部分という物がどうしてもある。だから自分は大丈夫だ」と考えられるようになってきました。
ちょっと前に、「人間っていいな」のパロディー絵をシェンと文誠で描いた(コレです・別窓)とき、彼らって略画で描くとすごくシンプルな情報量のキャラクターデザインだと再認識しました。
ほぼ、ミヤモト絵の描きこみ量と彼ら自身のキャラクター性ぽいナニカで画面を持たしている。そのキャラクター性ぽいナニカ、は本筋を明確にするために切り捨てる情報の全容までもを把握していてこそ描写できる部分なのだと思います。

表では意図的に省略するんですけど、残り香的に雰囲気としてただよう部分がとても重要なんだろうな。
キャラクターの考えや魅力を理解してこそ伝わる部分なので、大事にしたいです。

◇ あえてド王道! ◇ ※ イメージ映像。私の中の創作神はこんなの。我儘きくなら可愛い女の子かな。
2018-09-18 kinomiya
なんでこんなヒネクレもんにお姫様や英雄英傑なんかがでてくる王道ストーリーが降って湧いたか謎。
ヒネクレもんだからこそ、王道を描いても一味変わった物を創れそうという天の意思的なアレなんでしょうか。
最初は勉強も足りなかったし手探りでしたがだんだんかたちとして出来てくると愛着増すし面白くなってきたのでホント続けててよかった。後半に遊びにいくためテキストの突きあわせや時系列計算もちょくちょくやってこう!



◇ 9月15日のミヤモト ◇ ぎゃくに見えないナニカにこき使われている感スゴイです。
2018-09-14 miyamoto
最近、「龍を使う」系統の本が大ブームみたいですが、龍的なものを主役にして話を考えている者にとっては、
龍を使えると軽々しく考えるなんておこがましいのでは? と思えます。
というか、なにかを描こうとするときって、対象者に敬意を持たないと下品になっちゃうので、接しかたに節度いるよね。
これ、生命体や神仏だけじゃなくて一般のなんの変哲もないものにもいえるんだけど。
なんにでも神様が宿るんだよ、って日本特有の考えって、つまりはそういうこと。

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