両方やってこそわかるアレヤコレヤ。2

こんばんは、宮本一二三です。
私は常々、「作品制作ってのは、その作品の『核』を作った人が一番偉いし、その人の考えを最優先したほうが芯がぶれなくていい」という考えかたなんですが、「『核』を作る人はその作品に対して一番の責任を負わねばならない」という考えかたも持っています。
まあ、当たり前ですよね。


そういや印度マン(中の人)から「有名な絵描きの人から逆にイメージをもらって作品をつくるパターンがあるんじゃない?」とのごもっともなツッコミをもらっていたのでした。
が、そういう場合でも、その人を「使おうと」一番の責任者が選んだ時点である意味でイメージは確立しているわけです。その一番の責任者の感覚がずれていたり作品にあうかどうかが識別不能で目がアテにならない場合もあるけれど。そういう場合はまあ当然のごとく巧く行かないですよね。キャラクターの絵だけ良くてゲームの内容なんじゃコリャだったりな!! 
ホントに絵というか話の雰囲気を決定づけるもの(ロゴとかコンセプトワードとかタイトルとか)は重要です。
そこがずれると本当に本来伝えたい形とは乖離した感じで受け取られるからなあ。
一番センスが試される気がします。タイトルなんかは本当に「顔」ですからね。


◇ イメージや設定は生かさず殺さず ◇ 
2017-02-16 simemiya
規定を持たせつつ、手を入れるべきところは手を入れて想像の余地があったほうがいいところは白紙に見せたり(描かないだけでガッツリ考えている)、本当に考える作業が大半です。
ぶっちゃけ話の書き手の作業はほぼ話の理屈つけと名前つけが大半を占めます。
華やかな作業なんて一割以下でしょうね。
制限や物語の中でのルールが話の起伏やキャラクターの葛藤を生み、話に緊張感を持たせるので自分に対する厳しさは必要です。甘やかすとまず碌なことにならないです。
なんでもありにしちゃうと落としどころがわからなくなっちゃうし。

◇ 装甲=想考 ◇ 
2017-02-16 warumiya
この絵とは逆に「しょーもねーネタ」やら「別にいらないネタ」なんかを考えているときはわりと緊張感もなく弛緩しきった、よく言えば善人顔をしています。
あえて描かないほうがいいとか、濃くしないほうがいい設定とかもあるので、取捨選択が大変だったりします。
切るべきところを切らないでいるとそこがのちのち脚を引っぱったり、要点がボケボケにぼやけてしまうんだ。
今現在の私の作業はまさにほぼ要らない枝葉末節を切るのが中心です。
切って勿体ない部分はのちのち他のヤツに使えたりするので、思考することが大事なのです。

◇ 2月27日のミヤモト ◇ 

2017-02-16 kyoumiya
タイミングって自分からあわせるものだよな。

◇ 昨日のミヤモト ◇ 
2017-02-16 kinouno-miyamoto hanten
月もなかばですが2月のMV珍セリフが決まりました。
昭和の刑事ドラマにでてくるモブ役のご夫人しか使わないよこんな単語。
2017-02-16 kinouno-miyamoto
勿体なかったので、反転してないふつうの色のも載せときます。
意味はないけど。

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